無意識の責め心に気付いた日 – 体調を崩したあとの記録

体調を崩したあと、無意識の責め心に気付いた日の記録を象徴する後ろ姿の人物

年明け早々、体調とメンタルを崩した。
何をしても上の空で、考える力も落ちていたと思う。

そんな中でも、ほんのわずかに回復の兆しを感じた日があった。
そのとき、気付いてしまったことがある。

今日はそんな話をしていこうと思う。

思考ログ(気付いたこと)

年明け早々に体調&メンタルを崩し、
何をやるにしても上の空な日が続いていた。

そんな毎日が続くなかでも、ふと、
「考えていることを言葉にしたい」

それは、回復の兆しのように感じた。

そう思って迎えた週明け。
年始早々、社内の動きが活発になり、急な仕事も入るようになった。

残業はほとんどない。
それでも、忙しい時間帯の仕事は、私のやる気を削ぐには十分だった。

「今日からブログを再開しよう」
そう思っていた。

思っていたはずなのに、急にすべてが億劫に感じる。

自分で決めたはずなのに。

そんな言葉を、内側で呟いている自分に気付いた。
今まで、自分への責め心は存在しないと思っていたのに。

だけど違った。

新しいことを始めて、結局成果も出ずに終わったこともある。
何十万円と溶かしてきた経験もある。

でも、それを後悔したり、
自分を責めたりはしていないつもりだった。

むしろ、学んだことを人生の糧として生きることに、高揚感を感じている。
そして、学びに助けられたことも何度もある。

でも違った。

本当は、誰よりも自分を追い詰める、クソ真面目な私がいる。
「お前は口だけで、何も残せていない」

そんな声が聞こえた気がした。

これを、落ち込む要因とするのか、
それとも、声にならない声に気付けたことを良しとするか。

今の私には、まだ分からない。

ただ、
「このままでは、他の誰かまで責め続ける」
そんな気がして、少し怖くなった。

判断ログ(どう扱うと決めたか)

自分の責め心に気付いてから、何もしないという選択肢もあった。

少し時間を置いて休めば、なかったことにできたかもしれない。

でも、また同じような状況に落ちた時、
この感情の扱い方を決めておかないと、後悔する気がした。

今までと同じ思考、同じやり方ではまた崩れる。

だから、解決するというより、
どう扱うかだけは決めておいて、最初の一歩として踏み出してみたい。

今回、選ばなかったこと

まず、やらないと決めたことがある。

  • 無理に行動量を増やすこと
  • 早く立て直そうとすること
  • 書けない自分を、甘えだと決めつけること

「気付いたんだから、次はちゃんとやれよ」
そうやって自分を叱咤するのは、
これまで何度もやってきた。

修正能力が少しばかり高い性分なのもあり、
逆にそれが、毒になっているような気もしている。

たぶん、それが一番ラクで、
正解という、分かりやすい選択肢だったから。

でも今回は、それを選ばなかった。

今回、選んだ判断

選んだのは、もっと地味で、
自分を甘やかす判断だった。

  • 書けるときに書く
  • 書けないときは、そういう時もあると認める
  • 「再開」という言葉で、自分を追い立てない

ブログについても、
続ける・やめるを今ここで決める必要はない。

ただ、

無理に再開しない。
でも、閉じもしない。


そのくらいの距離感でいいと思った。

なぜ、そうしたのか

理由は、はっきりしている。

自分を責める癖がある状態で、
さらに「ちゃんとやれ」という条件を足したら、
たぶん自分だけじゃ済まなくなる。

その厳しさは、他人にも向く。

仕事でも、
生活の中でも、
「できていない人」に対して、
同じ目線を向けてしまう気がした。

いや、今までそういった目線を持っていたんだと思う。

それが、少し怖かった。

ひとりは好きだ。でも、
本当の孤独というのは寂しい、心細いというのが本音。

だから今回は、成果や継続よりも、

自分への態度を変えることを優先する
と決めた。

今は、ここまで

この判断が正しかったかどうかは、
もっと後になってから分かることだと思う。

半年、1年…もっと先かも知れない。

だから、今は考えない。

日常の中で、
「あっ、今自分を責めてる」

そう気付く瞬間を積み重ねることが、今の私には大切な気がした。

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