メンタル関連の本はそれなりに読んできた。
「自分を褒めて自己肯定感を高めよう」
「まずは睡眠をしっかりとろう」
「今日の良かった出来事を3つ書き出そう」
その通りだと思う。
ノウハウは実践してみて、体感で理解もできた。
確かに、一定の効果はある。
ただそれよりも、もっと前段階で大事な考え方があるように私は思った。
そもそもの話、
「メンタルが崩れたら、本当に何もできない」
これが正直な感想。
私は現在、メンタル回復期という位置づけ。
抑うつ状態に至るまでの過程は、前回の思考ログ(抑うつ状態に至るまでの過程)に記録しています。
今回の判断に至る背景として、先に読んでいただくと理解しやすいと思います。
抑うつ状態の初期に「やらない」と決めたことを今回は振り返ります。
メンタル不調の初期に「やらない」と決めたこと(判断ログ)

メンタル不調を自覚した初期の頃は、
体を動かすことも、
考えることも、
日常全ての足取りが重い。
思考はグルグルと永遠に回る。
布団に入っても、時計の短針は2周目に突入。
寝れやしない。
そんな、八方塞がりのような閉塞感を当時は感じていた。
だから、何かをプラスするのではなく、何かをマイナスする。
この引き算のような思考が、大切なように感じた。
SNSやYoutubeなどの動画を見ない・聞かない
ネットコンテンツというのは、統一性のない情報が勝手に目に入り、聞こえてしまう。
加えて、メンタルが不安定な状態だと、不安なことや悲しい出来事をどうしても想像してしまう。
いらない情報と、思考の堂々巡り。
溜めても溜めても、いつの間にか無くなっている。
とどめておきたい活力が、熱暴走で勝手に蒸発してしまうような感覚だった。
ただ、習慣は簡単に変えられない。
そのことも自覚もしていた。
なので、通勤時、寝る前だけに絞ってやめてみた。
「完全にやめる」のではなく、必要以上に見ない、聞かないという生活スタイルに置き換えた。
情報の塊は、頭を締め付けるような圧力にしか、私には感じられなかったからだ。
自己啓発系の情報は遮断
数年前に、自分の人生にひどく悩んだ経験がある。
詳細は、別記事にでも書こうと思っています。
その頃からの習慣というか好奇心から、物事の考え方や捉え方、仕事の在り方などを本で勉強するようになった。
でも、メンタル不調の初期に、これらの理屈やノウハウは正直重い。
現状を変えたいと思いつつ、新しい知識、思考、行動を学んで実践しようと思っても、できない自分とのギャップに悩むからだ。
下手に誰かから背中を押してもらうよりも、人として成長できる努力を、いったんやめる。
「今のままでいい」
そんな言葉を無意識だけど、待っているような気がしたから。
貢献しようとしない
この記事を書いている時期は、仕事の閑散期にあたる。(2026年2月時点)
業種は倉庫業。
暇な時間は、考える余白が生まれてしいまい、
「しっかりしなければ」
こういった自分への責め心が、嫌でも響いてくる。
かといって、業務改善に臨もうと思っても、良いアイディアが浮かんでくるわけでもない。
でも、ふと上司の言葉を思い出した。
「先輩たちのサポートをして欲しい」
そして、業界的には、
「待機もリソース確保としての、仕事のひとつ」
そんなことも学んだ。
私は、これらの言葉に甘んじることにした。
指示されたことしか、今はやらない。
常に走り続けて消耗しているのは、周りではなく自分の意思。
そのことにも気付いたから。
「回復してから、また貢献しよう」
そんな、ゆるい決意でも大丈夫と、もう一人の私に許可してみた。
感情に蓋をしない
どうしても、負の感情というのは抑えきれない。
悲しみ、怒り、嫉妬、不安…。
以前、脳科学の本で読んだことがある。
「ネガティブな出来事はポジティブな出来事よりも、数倍強く記憶に残る」
慕っていた親族の訃報。
そして、実両親の未来の想像。
実際に起こった出来事もそうだが、私の思考の癖は、
起こってもいない出来事が、イメージとして焼き付いてしまう。
得だか損だか分からない性分だと、自分でも思う。
負の感情は、できれば失くしたい。
でも、蓋をして見ないふりをしたら、もっと膨らみ、苦い経験を何度もしてきた。
泣きたいときは泣く。
怒りたいときは怒る。
子供をあやすような扱い方を、自分へ試すのも良いかもしれない。
周りの迷惑にならないようにね。
「メンタル回復期」だと判断する基準

回復期だと自覚できるまでは、「やらない」と決めたことに沿って日々過ごしていく。
でも、そのままでは現状維持から衰退の方向に進んでしまう。
新しい思考と習慣の取り入れる基準は、
「あっ、少し調子良くなってかも」
「罪悪感なく、日々過ごせているかも」
このふたつの気持ちが、湧いてきた時にしようと思う。
過去にもメンタルを病んでた時期は、この感情が湧いてから気分が上向き加減になったことをよく覚えている。
どうしたって、「壁を乗り越えよう」という場面はエネルギーを使う。
自分を変えるのは、活力が戻ってからでも遅くはない。
焦りすぎている自分を観察することも、大切な回復過程のひとつだと今では思っている。
今回の判断と、これからの過程

引き算の思考というのはメンタル不調だけではなく、人生を通して、私の大事な考え方のひとつ。
私は、それほど瞬発力がない。
両手両足に重りを付けていては、身動きが取れないタイプだ。
思わぬ障害物で躓いても受け身が取れない。
それが、ほんの小さな段差でも。
そして、自分が望んでいること、実現したいことがあったとしても、余白を作らないと行動には移せない。
そんな自分を、煩わしく思っていた。
行動を起こして成果を出してきた人を横目に、羨ましくも思っていた。
でも、正直に向き合ってきたからこそ、生まれた思考と判断基準なんだと思う。
この記事が公開できているのも、書く気力が戻ってきたおかげ。
次回は、回復期~寛解までの過程をお見せできると思う。
抑うつ状態に至った経緯については、前回の思考ログ(抑うつ状態に至るまでの過程)に記録しています。
当時の状況を振り返った内容なので、合わせて読んでいただくと、今回の判断の背景がより伝わると思います。
それまではもう少し、めんどくさい私と付き合ってくことにしよう。


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